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| K氏の中国工場監督奮闘記第三回:社外のゴミ 3 |
K氏の普通話能力は『挨拶程度以下』である。いつも昼休み
直後にK氏の事務所の掃除に来るオバさんに「有没有吃饭?
(ごはんをたべましたか?)」と挨拶されても、頭を掻きながら
ニヤニヤ笑っているしかいない。従って工場でのK氏の講義
は全て日本語であり、強力な日本語/普通話の通訳が必要で
ある。幸いに中国の外国語修得、特に日本語学習のメッカと
も言われる黒竜江省鶏西市出身のZ小姐がその任に当たって
くれている。
講義の最後にK氏はこの工場に関わる全ての人達の無関
心が或る事を引き起こしている、それは我々の身近にあるが
一体何であると思うかと問いかけた。然しその問いに答える
者はいない。尤も、無関心から生まれたモノであるから知らな
いのが当然とも言える。
「工場の正門を出て、工場の塀に沿って表通りに向かう途
中に一体なにがありますか?」
K氏は質問を重ねた。より具体的な質問に、出席者の3分の
1くらいが回りの人たちと何やら言葉を交わし会場がざわめ
き始める。K氏はそのざわめきが何に就いて語りあっているの
かZ小姐に質したところ、
「門の横にあるゴミの山の話をしています」
との答え。そこでK氏は次のように畳み掛けた。
「さあ皆さん、私が何を指して皆さんの無関心が生んだも
のと言っているのが判りましたね?工場の門を出てすぐの塀
際の歩道の上に出来たゴミの山です」
「あの場所は『ゴミ捨て場』ですか?違いますね。では誰があ
の場所にゴミを捨てているのですか?工場の正門前の道路を |
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通る人達ですね」
「では、どんな人がその道路を利用しているのでしょうか?
90パーセント以上がこの工場で働いている人達ではありま
せんか?」
事実、このSS電子工場の正門前の道路を挟んで正面と斜
め向かいに工場があるが、それらの工場の出入り口はSS電
子廠側にはなく反対側にあり、それらの工場に所属する人た
ちがSS電子廠の前の道路を利用することは極めて稀と言え
る。K氏は次のように結論付けた。
「つまり、あのゴミの山のゴミの90パーセントはこの工場で
働いている皆さんによって捨てられたものと言って間違いな
いでしょう。あのゴミの山の90パーセントは皆さんの無関心
によって作られたのです」
会場は静まり返った。K氏は続ける。
「納入業者やお客様などこの工場を訪れるありとあらゆる
人たちが最初に見るのがあのゴミの山です。それらのひとた
ちの中には無関心で気づかない人もいるかも知れません。然
し私が日本からのお客様をこの工場に迎えるとしたなら、あ
のゴミの山は恥ずかしくて見せられません。そこにゴミがある
からゴミを捨てるのです。清潔に保たれたところでは、そこに
ゴミを捨てたり汚したりするのが心理的にやり難くなります。
これが今日の講義が示すヒントです」
静まり返る会場でK氏の講義は終わった。
(次回に続く) |
【K氏のプロフィール】
1948年栃木県生まれ。中国の開放政策による経済特区
が出来る以前から香港を拠点にアジア各国からヨーロッ
パ、オセアニアに向けた家電製品を輸出する仕事に従事、
1983年(35歳)に香港総経理となり、1990年(42歳)に
独立、香港で起業。1997年に家族を香港に移し、現在に
至る。 |
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鳥丸さんの香港おいしんぼ |

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